eスポーツは、もはや単なる遊びの枠を超え、世界中で熱狂的なファンを獲得するエンターテインメントとして成長しています。近年、このデジタル競技がスポーツの祭典であるオリンピックの舞台に立つかもしれないという期待が高まっています。はたしてeスポーツはオリンピック競技として認められるのでしょうか。この記事では、eスポーツの魅力からその歴史、そしてオリンピック採用の可能性と、それがゲーム業界にもたらす影響について詳しく紹介していきます。
eスポーツとは?その歴史と広がり
eスポーツ(エレクトロニック・スポーツ)とは、ビデオゲームを使った競技のことを指します。組織化された多人数参加型ビデオゲーム大会の形式をとることが多く、特にプロ選手間で行われる個人戦やチーム戦が特徴です。
eスポーツの歴史は古く、1972年にスタンフォード大学で開催された「Spacewar!」の大会が最初のビデオゲーム競技として知られています。その後、1974年にはセガが日本全国で「全日本TVゲーム選手権」を開催し、ゲームの普及に貢献しました。1980年の「スペースインベーダー選手権」は1万人以上が参加する大規模な大会となり、競技ゲームが主流の趣味として確立されました。
1990年代に入ると、「ストリートファイターII」のような対戦格闘ゲームや、「Doom」のデスマッチモードが登場し、オンラインでの対戦が普及しました。2000年代以降は、ブロードバンドインターネットの普及やYouTube、Twitchなどのオンラインストリーミングプラットフォームの登場により、プロゲーマーと観客の参加が急増し、eスポーツはビデオゲーム業界の重要な一部となりました。
eスポーツで人気のゲームジャンルは多岐にわたります。MOBA(マルチプレイヤーオンラインバトルアリーナ)、FPS(ファーストパーソンシューター)、格闘ゲーム、カードゲーム、バトルロイヤル、リアルタイムストラテジー(RTS)ゲームなどが一般的です。近年ではスマートフォン向けのゲームもeスポーツの種目として採用され、大会が増加しています。eスポーツは肉体的な活動を伴わないため、そのスポーツとしての正当性については議論がありますが、チェスやバックギャモンなどのマインドスポーツと同様に、一定のルールに基づいた競技を電子的に行うものとして位置づけられています。
世界を熱狂させるeスポーツの主な大会
(出典:E-Sports Evolution)
eスポーツの大会は世界中で開催されており、その規模と興奮は増す一方です。代表的なものには、「League of Legends」の世界選手権、「Dota 2」のThe International、格闘ゲームの祭典であるEvolution Championship Series(EVO)、そしてIntel Extreme Mastersなどがあります。
大会の形式はさまざまで、欧米のプロスポーツリーグに倣って、成績に応じてリーグ間でチームが昇格・降格する「プロモーション・降格リーグ」や、各チームがフランチャイズとして特定のプレミアリーグに所属する「フランチャイズリーグ」が存在します。
eスポーツの大会は、多くの場合、物理的な会場でライブ観客の前で行われ、審判が不正行為を監視します。賞金も非常に高額になることがあり、「Dota 2」のThe International 2021では賞金総額が4000万ドルを超え、eスポーツ史上最高額を記録しました。
オリンピックも注目するeスポーツの競技タイトル例
eスポーツには数多くの人気タイトルがありますが、オリンピックでの採用を検討する際には、特定の基準が設けられています。国際オリンピック委員会(IOC)は、「誰かを殺す」ようなゲームはオリンピックの価値観と一致しないとし、暴力的なゲームの採用には慎重な姿勢を示しています。代わりに、実際のスポーツをシミュレーションするゲームや、身体活動を伴うVR・ARゲームが検討されています。
オリンピックeスポーツシリーズ2023で実際に採用されたゲームタイトルには、以下のようなものがあります。
WBSC eBASEBALL™パワフルプロ野球(WBSC eBASEBALL™: POWER PROS)
(出典:Konami Digital Entertainment)
コナミが開発した野球ゲームで、実際の野球に特化した競技性の高いタイトルです。300種類以上の個性豊かな選手を組み合わせてオリジナルチームを編成し、チャンピオンシップモードで世界中のライバルとオンライン対戦を楽しむことができます。2023年のオリンピックeスポーツシリーズの野球イベントとして開催されました。
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グランツーリスモ (Gran Turismo)
(出典:Sony Interactive Entertainment)
ソニー・インタラクティブエンタテインメントが開発するリアルなレーシングシミュレーションゲームです。IOCは、自動車レースイベントを「グランツーリスモ」シリーズに基づいて開催し、国際自動車連盟とポリフォニー・デジタルが監督する予定です。2023年のオリンピックeスポーツシリーズのモータースポーツイベントとしても採用されました。
ストリートファイター6 (Street Fighter 6)
(出典:CAPCOM)
「ストリートファイター」シリーズは、直接的な対人対戦の概念を普及させた格闘ゲームであり、EVOのような国際的なeスポーツ大会の設立に繋がりました。IOCは、将来的に格闘ゲームである「ストリートファイター」シリーズのオリンピックeスポーツへの追加を検討する可能性があるとされています。2023年のオリンピックeスポーツウィークでは、展覧会イベントとして「ストリートファイター6」が取り上げられました。
Fortnite (フォートナイト)
(出典:Epic Games)
Epic Gamesが開発する人気のバトルロイヤルゲームです。2023年のオリンピックeスポーツシリーズでは、射撃競技「ISSFチャレンジ featuring Fortnite」として、特別に修正された形式で採用されました。ただし、標準のゲーム形式(他のキャラクターを撃ち合うもの)は、IOCの「暴力的ではない」という基準から外れるため、オリンピックeスポーツでの採用は見送られるとされています。
Just Dance (ジャストダンス)
Ubisoftが開発するダンスゲームで、プレイヤーが画面上の指示に合わせて体を動かすことで、自然と身体活動を伴います。2023年のオリンピックeスポーツシリーズのダンスイベントとして採用されました。
> JUST DANCE 2025 EDITION公式サイトはこちら
なぜeスポーツはオリンピック競技となり得るのか?
eスポーツがオリンピック競技として採用される可能性が議論される背景には、いくつかの強力な理由があります。
若年層へのアピール
オリンピックは若年層の視聴者獲得に関心を示しており、eスポーツはその目的を達成する上で大きな助けとなると考えられています。eスポーツは若年層に非常に人気があり、オリンピックにeスポーツを含めることで、イベントの視聴率とエンゲージメントを高める可能性があります。
世界的な魅力
eスポーツは地理的な境界に縛られず、真にグローバルな魅力を持っています。文化的な隔たりを埋め、新たな競争手段を通じて国々を結びつける機会を提供できます。
高度なスキルと戦略
多くのeスポーツタイトルは、伝統的なオリンピック競技と同様に、卓越したスキル、戦略、チームワークを要求します。プロのeスポーツ選手は、その技術を磨くために多大な時間と努力を費やしています。
経済的な可能性
eスポーツはすでに大規模なスポンサーや投資家を引きつけており、その業界価値は2032年までに1兆ドルを超えると予測されています。オリンピックへの参加は、IOCとeスポーツ業界の両方に新たな収益源をもたらす可能性があります。
オリンピックの進化
オリンピックは時代とともに新しいスポーツを取り入れて進化してきました。eスポーツの導入は、オリンピックプログラムを多様化し、未来を見据えたアプローチを示すものとなり得ます。
精神的利益
eスポーツは認知スキル、チームワーク、問題解決能力、戦略的思考といった精神的な利益を育むことができます。
スポーツとしての公的認知
ロシア、中国、トルコ、フランス、フィリピン、ギリシャなど、すでにいくつかの国がeスポーツを公式なスポーツ競技として認めています。
IOCの取り組み
IOC自身もeスポーツへの関心を示し、2021年のオリンピックバーチャルシリーズ、2023年のオリンピックeスポーツシリーズを経て、2027年には初のオリンピックeスポーツゲームズの開催を決定しています。
もしeスポーツがオリンピックに採用されたら?その影響と課題
IOCは2024年7月23日のIOC総会で、オリンピックeスポーツゲームズの創設を正式に決定しました。第1回大会は2027年にサウジアラビアのリヤドで開催される予定です。これはサウジアラビアオリンピック委員会との12年間のパートナーシップの一環であり、同国は若年層のゲーマーが多く(約2350万人、その半数が女性)、大規模なeスポーツイベント開催の実績もあることから、開催地として選ばれました。
オリンピックeスポーツゲームズでは、複数のバーチャルスポーツとビデオゲームが一堂に会し、伝統的なオリンピック競技との繋がりを持つゲームタイトルが選ばれます。ゲームタイトルは、各国際競技連盟によって選定されます。ただし、オリンピックeスポーツゲームズでは、通常のオリンピックとは異なり、メダルや賞状ではなく、金、銀、銅色のトロフィーが授与される予定です。
IOCは、暴力的ではない、スポーツをシミュレートするゲームを優先する方針を繰り返し示しています。「Fortnite」のように銃撃戦があるゲームは、特別に修正された形式でしか採用されず、デフォルトの形式でのFPS(ファーストパーソンシューター)ゲームは検討されないとされています。
オリンピックeスポーツゲームズの開催都市には、オリンピックよりも小規模な要件が課せられています。すべてのイベントを同じ都市内で開催し、新しい会場の建設は不要とされ、選手やコーチの移動には地元のシャトルバスが利用されます。
しかし、eスポーツのオリンピック採用には課題も存在します。
- 身体活動の欠如
伝統的なオリンピックが身体的運動に焦点を当ててきたため、eスポーツの身体活動の欠如は主要な反対意見です。 - 文化と形式の違い
eスポーツは伝統的なスポーツとは異なる文化と形式を持っています。 - ゲーム選定の難しさ
多種多様なeスポーツタイトルの中から、どのゲームを採用するかは常に議論の的となります。 - 年齢制限
一部のトップeスポーツ選手は若すぎるため、オリンピックの年齢制限により参加できない可能性があります。 - 統治機関の調整
ゲーム開発者、パブリッシャー、eスポーツ組織といった多様な統治機関をオリンピックの枠組みの中で調整することは複雑な課題です。 - 整合性の問題
eスポーツはチート、ハッキング、八百長などの不正行為に対して脆弱である可能性があり、オリンピックの整合性を損なう恐れがあります。 - 業界の移り変わり
eスポーツの世界は常に変化しており、ゲームやトレンドが絶えず移り変わるため、長期的に「確立されたスポーツ」として位置づけることの難しさも指摘されています。 - パブリッシャーのコントロール
伝統的なスポーツが連盟や国家機関によって運営されるのに対し、eスポーツはゲームパブリッシャーがゲームのコンセプトを所有し、コントロールしているという問題もあります。 - 女性選手の参加
主要なeスポーツタイトルにおいて、女性の競技者が少ないことも懸念事項です。
IOCは現在のところ、ゲームが若者に「本当のスポーツ」への興味を持たせるための手段として活用することに重点を置いています。
日本におけるeスポーツの現在地
(出典:一般社団法人日本eスポーツ協会)
日本では、eスポーツの歴史はアーケードゲーム文化を中心に発展してきましたが、賭博に関する規制などの影響で、かつては韓国ほど大規模なeスポーツ大会は盛んではありませんでした。しかし、近年は大きく状況が変化しています。
2023年の日本のeスポーツ市場規模は、前年比117%増の146.85億円に達しました。これはコロナ禍が明けてオフライン大会が再開されたことによる相乗効果が大きく、2025年には市場規模が200億円に迫る勢いで拡大すると予測されています。
eスポーツファンの数も増加しており、2023年には前年比110.3%増の856万人に上り、2025年には1,000万人を超えると予測されています。このような盛り上がりを受け、日本eスポーツ連合(JeSU)は、日本オリンピック委員会(JOC)の準加盟団体となり、愛知・名古屋で開催されるアジア競技大会などの国際大会に、正式に日本代表として出場できるようになりました。JeSUは、日本のeスポーツの発展を促進し、次世代のアスリートを育成するため、選手派遣や競技運営、環境整備に取り組んでいます。
プロゲーマーという職業も注目を集めており、日本のプロゲーマーの平均年収はおよそ400万円と言われていますが、中には1億円以上稼ぐ選手もいます。プロゲーマーは今や子供たちの憧れの職業の一つとなり、その熱意と努力が報われる社会へと変化していることを示しています。
日本でeスポーツ競技として採用されているゲームタイトルも多岐にわたります。
- 「eBASEBALLパワフルプロ野球」シリーズ
- 「グランツーリスモ7」
- 「ストリートファイター6」
- 「フォートナイト」
- 「大乱闘スマッシュブラザーズ」シリーズ
- 「リーグ・オブ・レジェンド」
- 「Apex Legends」
- 「Counter-Strike 2 (CS2)」
- 「シャドウバース」
- 「パズドラ」
- 「モンスターストライク」
- 「レインボーシックスシージ」
- 「鉄拳8」 などが挙げられます。
新たな時代へ:eスポーツとオリンピックが描く未来
eスポーツがオリンピックの舞台に立つことは、その注目度を飛躍的に高めることは間違いありません。オリンピックという世界最大のスポーツイベントの一部となることで、eスポーツはこれまで以上に幅広い層の人々に認知され、その価値が再評価されるでしょう。
しかし、注目度が上がるにつれて、eスポーツが「スポーツ」であるか否か、ゲーム選定の公平性、チートなどの不正行為への対策、そして身体活動の不足といった既存の批判がさらに表面化する可能性も十分に考えられます。IOCは、あくまで「スポーツに根ざした、スポーツに焦点を当てた組織」であり続けると表明しており、eスポーツを伝統的なスポーツに若者を惹きつけるための手段と見なしている側面もあります。
それでも、ゲームが世界的な舞台で注目されることは、ゲーム業界全体にとって非常に良いことです。eスポーツがオリンピックに採用されることは、プロゲーマーという職業のさらなる確立や、ゲーム開発の新たな方向性を示すだけでなく、ゲームが持つ文化的な価値や教育的な側面も広く認知されるきっかけとなるでしょう。
eスポーツは、オリンピックの力を借りずとも、すでに世界中で数十億ドル規模の産業として成長しており、独自の道を切り開く力を持っています。しかし、オリンピックとの融合は、この成長をさらに加速させ、eスポーツに限らず、ゲーム業界全体がより多様で豊かな未来を築いていくための、重要な一歩となるかもしれません。