RISC-VがArm・x86を置き換える?オープンソースCPUの台頭と未来 – AI・スパコン・Androidへの影響

RISC-VがArm・x86を置き換える?オープンソースCPUの台頭と未来 – AI・スパコン・Androidへの影響

現在、世界のプロセッサ業界は、主にパソコンで使われるx86(エックス ハチロク)と、スマートフォンなどで広く普及しているArm(アーム)という2大勢力が席巻しています。しかし、近年、「第3の勢力」として急速に注目を集めているのが「RISC-V(リスク ファイブ)」です。

RISC-Vは、ローマ数字の「V」が示す通り「ファイブ」と読みます。このRISC-Vが、Armが支配する市場に食い込み、さらにはそのシェアを大きく変える可能性を秘めていると多くの専門家や企業が考えています。その最大の理由の一つが、そのオープンな特性にあります。

 

RISC-Vの定義と特徴

カリフォルニア大学バークレー校

RISC-Vは、2010年にカリフォルニア大学バークレー校で誕生した命令セットアーキテクチャ(ISA)です。コンピュータの設計は大きく分けて、ハードウェアの物理的な仕様を定義する「システムアーキテクチャ」、機械語の命令を定義する「命令セットアーキテクチャ(ISA)」、そしてそのISAを電子回路でどう実現するかを定義する「マイクロアーキテクチャ」の3つの階層に分かれます。RISC-Vは、この中の「命令セットアーキテクチャ(ISA)」に該当します。

RISC-Vの主な特徴は以下の通りです。

RISCベースの設計

SnapDragon Qualcomm

RISC-Vは、「RISC(Reduced Instruction Set Computer)」という思想に基づいています。これは、命令の数を単純化することで、CPUの回路を簡素化し、演算速度を大幅に向上させることを目指すものです。スマートフォンのArmもこのRISC思想を採用しています。

「フリー」かつ「オープン標準」

これがRISC-Vの最も革新的な特徴です。IntelやArmといった既存のISAは、それぞれが知的財産権を保有し、その使用には高額なライセンス料が発生します。しかし、RISC-Vは完全に無料のオープンソースライセンスで提供されており、誰でも制約なく利用・改変・再配布が可能です。これにより、CPU開発のコストが劇的に下がり、これまで高いライセンス料がネックで参入できなかった企業でも、CPU開発に乗り出すことが可能になりました。Qualcomm(クアルコム)社がRISC-V開発の新会社に出資したのも、この無料という点が大きな理由の一つとされています。

モジュール化による高い拡張性

RISC-Vの仕様は、目的に応じて実装内容を選択できるモジュラー・アーキテクチャを採用しています。基本的な命令セットは必須ですが、それに加えて浮動小数点計算やベクトル計算といった特定の機能を追加したい場合、対応するモジュールを組み込むことができます。これにより、特定の用途に合わせたプロセッサを柔軟に設計でき、将来的な機能拡張も容易になります。

現代的な設計思想と技術的負債の解消

x86やArmなどの既存のISAは、1980年代から脈々と続く古い設計を引き継いでおり、「技術的負債」と呼ばれる過去のしがらみを抱えています。RISC-Vは、そうした負債をなくし、現代において最も有効だと分かっている命令セットだけを抽出して再定義することで、効率的で高速なCPU設計を目指しています。

RISC-Vの現状:広がる注目と具体的な動き

RISC-Vは、その登場からまだ新しい技術であるにもかかわらず、すでに世界中の多くの企業や団体から熱い注目を集めています。

大手企業の支持

RISC-Vの仕様策定を支援する業界団体やコミュニティには、100社を超える企業が名を連ねています。プレミアメンバーにはHuawei(ファーウェイ)やZTEといったスマートフォンメーカーの他、コミュニティメンバーとしてIBM、日立、Qualcommなどの名だたる大企業が参加しています。

広範な適用分野への浸透

RISC-Vは、数10円程度の安価なマイコン(冷蔵庫や炊飯器などに内蔵される小さなコンピュータ)から、データセンターのサーバー、さらには大規模なスーパーコンピューターまで、幅広いスケールでの利用が期待されています。例えば、Andes Technology(アンデス・テクノロジー)はRISC-V IP市場のリーダーであり、既に彼らの顧客が出荷したRISC-VベースのSoCは160億個以上に上ります。

ハードウェアの登場と進化

2021年2月時点では、テストや評価用のRISC-Vプロセッサやボードが市場に出回り始めていました。例えば、SiFive(サイファイブ)というアメリカのベンチャー企業は、Linuxが動作する評価用ボードを販売しています。また、Infineon Technologies(インフィニオン・テクノロジーズ)は、2025年3月にRISC-Vベースのマイコンを発売すると発表しており、RISC-V Internationalのプレミアメンバーにも名を連ねています。

ソフトウェアエコシステムの発展

RISC-Vを取り巻くエコシステムは急速に成長しており、プロセッサの設計ツール、開発環境、ソフトウェアスタックなどが民間企業を中心に整備されています。特に、RISC-V Software Ecosystem(RISE)は、RISC-Vのソフトウェアスタックの品質向上と、GoやRustといったプログラミング言語、Linuxカーネル、Android AOSP、シミュレーションツール(QEMU)、システムファームウェアなどにおけるTier 1サポートの確保に尽力しています。

課題

一方で、CPUを一から設計し、一般ユーザーが使えるレベルまで量産するには、数千億円規模の莫大な予算が必要となるため、多くの企業が現状では投資をためらい、様子見の状態にあると指摘されています。また、オープンソースであるがゆえに、Armのような企業が提供する手厚いサポート体制がまだ十分に確立されていないという課題もあります。

RISC-Vの今後の展望:なぜ市場を席巻する可能性があるのか?

Artificial Intelligence

現在の課題はありつつも、RISC-Vが今後、プロセッサ市場においてArmやx86を凌駕する存在となる可能性は十分にあります。その理由は、RISC-Vが持つ根源的な強みと、現代のコンピューティングが求めるニーズとの合致にあります。

ライセンス料「無料」の圧倒的優位性

Armが収益源とする高額なライセンス料は、チップ製造に乗り出す企業にとって大きな負担でした。RISC-Vが無料で利用できることは、この障壁を取り払い、より多くの企業がCPU開発に参入できる機会を生み出します。これは、消費者の選択肢を増やし、市場全体の活性化につながるでしょう。Arm自体もSoftBankグループ傘下で高額な時価総額を求められており、そのビジネスモデルからライセンス料を徴収せざるを得ない状況にあります。これにより、Armと取引する企業が将来的なコスト増や法的紛争のリスクを考慮し、代替ソリューションとしてRISC-Vに注目する動きが加速する可能性があります。

AI分野との高い親和性

RISC-VはAI向けに特化して設計されたわけではありませんが、その高い柔軟性と拡張性が、AI技術の発展と非常にマッチしています。AIプロセッサの制御や、カスタムAIアクセラレータとの連携において、RISC-Vは理想的な選択肢となり得ます。特に、RISC-Vの「拡張性」は、AIアルゴリズムに必要な複雑な非線形関数などをカスタム命令として追加できるため、AI処理の高速化に大きく貢献します。AIモデルの計算に必要なベクトル演算や行列積演算の標準化も進められています。Tenstorrent(テンストレント)のような企業は、AIアクセラレータと高性能RISC-V CPUを組み合わせた「オープンチップレットアーキテクチャ」を開発しており、これは将来の異種混合AIシステムにおいて重要な役割を果たすと期待されています。

セキュリティの強化とコミュニティの力

RISC-Vは、ISAレベルでセキュリティ機能(例:制御フロー完全性、メモリタグ付け、暗号化、ハイパーバイザなど)の定義が進められています。CPUへのセキュリティ攻撃の多くはISA自体ではなく、その「実装」の脆弱性を突くものですが、RISC-Vには多くのベンダーが存在するため、脆弱性が発見された際の対応が迅速に進むというメリットがあります。オープンソースソフトウェアは監査可能性が高く、多くの開発者による検証が早期の修正につながります。

「オープンチップレットアーキテクチャ」がもたらす革新

RISC-Vは、CPU、GPU、AIアクセラレータなど、異なるベンダーのIPブロックを組み合わせてシステムオンチップ(SoC)を構築できる「オープンチップレットアーキテクチャ」の推進を後押ししています。このモジュール性は、シリコンの多様性を促進し、コスト削減とイノベーションの加速につながります。特に、自動車の自動運転システムなど、高い安全性と冗長性が求められる分野では、異なるIPベンダーからのRISC-Vベースのチップを組み合わせて完璧な冗長性を実現できるため、大きなメリットとなるでしょう。

Androidへの対応とスマートフォン市場への影響

ユーザーが指摘するように、AndroidがRISC-Vをネイティブにサポートすることは、RISC-Vがスマートフォン市場で一気にシェアを獲得するための大きな転換点となる可能性を秘めています。Android AOSP(Android Open Source Project)がRISC-Vに対応し、LinuxディストリビューションもRISC-VをTier 1サポートとしていることから、その実現に向けた土台は着実に固まりつつあります。

 

RISC-V:Arm・x86を置き換える次世代CPUの最有力候補

RISC-Vは、オープンソースかつフリーな命令セットアーキテクチャ(ISA)という革新的な特性を持ち、「第3の勢力」として急速に台頭しています。Armやx86が抱える技術的負債や高額なライセンス料といった課題を根本から解決し、ISAを現代的に再定義することを目指しています。高い拡張性(モジュール化)と優れた電力効率も大きな強みであり、これが幅広い分野での採用を強力に推進しています。

RISC-Vの勢いは、その導入事例からも明らかです。ストレージ大手のウエスタンデジタルは10億個に及ぶ自社プロセッサのRISC-Vへの移行を公約し、主要コアをオープンソース化しています。欧州では「DARE」プロジェクトが開始され、完全欧州製のRISC-Vベーススーパーコンピューターの開発が進められています。Tenstorrentのような企業も、AIアクセラレータと高性能RISC-V CPUを組み合わせたオープンなチップレットアーキテクチャを推進し、データセンター、自動車、ロボット分野での高性能プロセッサ開発を加速しています。

特に注目すべきは、Qualcommなどの主要企業がRISC-V開発に共同出資し、RISE(RISC-V Software Ecosystem)がAndroid AOSPのRISC-V対応を積極的に進めている点です。既にRVA23準拠のハードウェアでAndroidアプリケーションの開発が可能であり、RISC-Vのモバイル分野への本格普及の兆しが見えています。

現状、CPUをゼロから開発するには莫大なコストがかかるという課題はありますが、そのオープン性、拡張性、電力効率といった圧倒的なメリットに加え、コミュニティの著しい成長が、AI、エッジコンピューティング、サーバー、そしてパーソナルコンピューティングデバイスなど、あらゆる分野で既存のArmやx86からの置き換えを加速させる可能性を秘めています。オープンスタンダードであるため、多くの開発者がセキュリティ上の問題を特定し、解決に貢献できる点も、信頼性向上に寄与します。

今後4〜5年で、一般ユーザーが手に入れやすい価格帯で高性能なRISC-Vコンピューターが登場する可能性も期待されており、RISC-Vはプロセッサ業界における新たな主流となる存在として、Armやx86に取って代わる時代が目前に迫っています。

 

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