eSIMは欧州で遅れている?日本人が知らない世界の通信事情と未来のカタチ

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アプリで海外旅行用eSIMに切り替えるイメージ

久しぶりの海外旅行、楽しみな反面、少し面倒に感じるのが現地のインターネット接続ではないでしょうか。 「Wi-Fiルーターをレンタルするのは荷物になるし、充電も手間…」 「キャリアの海外ローミングは高額請求が怖い…」

そんな悩みを持つ旅行者の間で、ここ数年急速に普及しているのが「eSIM(イーシム)」です。物理的なカードを差し替えることなく、スマホの設定だけで現地の回線を使える手軽さが人気ですよね。日本では、格安SIMへの乗り換えや、災害時のバックアップ回線としての利用も広がり、「eSIM」という言葉自体をよく耳にするようになりました。

しかし、実は世界を見渡してみると、日本や韓国といったアジア諸国と、アメリカ・ヨーロッパでは、この「eSIM」に対する捉え方がまったく異なることをご存知でしょうか。「欧米の方がテック技術が進んでいそうだから、eSIMもみんな使いこなしているのでは?」と思うかもしれませんが、事実は少し複雑で面白いのです。

今回は、なぜアジアでeSIMの認知度が高く、逆に欧米では低いのか、そして今後の海外旅行でのネットワーク利用はどう進化していくのか、その裏側にある事情を深掘りしていきます。

欧米でeSIMの認知度が低い意外な理由

iPhoneの背面

iPhoneの発祥地であるアメリカや、陸続きのヨーロッパなら、eSIMなんて当たり前でしょ?」 そう思われるかもしれません。確かに、技術的な普及率で見れば欧米は非常に進んでいます。しかし、一般の消費者が「私はeSIMを使っている」と意識しているかどうかという点では、日本よりも圧倒的に低いのです。そこには、キャリア(通信事業者)の巧みな戦略と、地域特有の事情がありました。

アメリカ:便利すぎて「eSIM」と気づかない?

アメリカは、iPhone 14以降のモデルで物理SIMスロットを完全に廃止するなど、ハードウェアとしてのeSIM化は世界最先端です。新品のiPhoneを買えば、必然的にeSIMを使うことになります。それなのに、なぜ認知度が低いのでしょうか。

理由は、「設定があまりにも簡単すぎて、技術を意識させないから」です。 アメリカの大手キャリア(VerizonT-Mobileなど)は、機種変更時のデータ移行プロセスを極限まで簡略化しています。画面に出てくる「電話番号を転送する」といったボタンをタップするだけで、裏側ではeSIMのプロファイルがダウンロードされ、開通してしまいます。

そこには「eSIMプロファイルを書き換える」といった難しい専門用語は登場しません。ユーザーからすれば、「クラウドからデータを復元した」くらいの感覚なのです。キャリア側としても、ユーザーに「eSIMなら簡単に他社へ乗り換えられる」と気付かれて解約されるのを防ぐため、あえて技術的な側面を隠蔽し、「手続きの一部」として埋め込んでいるという背景があります。つまり、アメリカ人は「eSIMを使っている」のではなく、単に「iPhoneを使っている」という認識に留まっているのです。

ヨーロッパ:国境を越えてもそのまま使える「RLAH」

一方、ヨーロッパ(EU)でeSIMの認知度が低い理由は、非常に強力な消費者保護ルールにあります。それが「Roam Like at Home (RLAH)」です。

これは2017年に施行された規制で、EU加盟国の市民は、EU域内の他の国へ旅行する際、追加料金なしで自国のプランをそのまま使えるというものです。 例えば、フランス人がドイツやイタリアへ旅行に行く際、スマホの設定をいじる必要は一切ありません。いつものスマホが、そのまま繋がるのです。

アジアの私たちが海外へ行くときに「安いeSIMはないかな?」「Wi-Fiを借りなきゃ」と必死に探すのに対し、EU圏内を移動する彼らにはその「不便(ペインポイント)」が存在しません。そのため、わざわざ「eSIM」という技術を知る必要も、使う機会もなかったのです。彼らがeSIMを意識するのは、EU圏外(アジアやアメリカなど)へ旅行する時くらいに限られます。

日本・アジアで「eSIM」が急浸透した背景|官製値下げとデュアルSIM文化

東京タワーの写真をスマートフォンで撮影

これに対し、日本や韓国では「eSIM」という言葉が商品名や機能名として広く認知されています。なぜアジアではこれほど「eSIM」というワードが浸透したのでしょうか。

日本:乗り換え促進と「サブ回線」需要

日本におけるeSIM普及のきっかけは、政府主導の携帯料金引き下げと、乗り換え(MNP)の活性化でした。 「Web申し込みならeSIMで即日開通!」 といったキャッチフレーズを、ahamopovoLINEMO楽天モバイルなどが大々的に宣伝しましたよね。物理SIMの配送を待たずにすぐ使える「速さ」と「手軽さ」が、eSIMのメリットとして消費者に刷り込まれました。

さらに、大規模な通信障害の経験や災害対策への意識から、1台のスマホに2つの回線を入れる「デュアルSIM」運用への関心が高まったことも大きな要因です。 「メインは大手キャリア、サブ回線は基本料0円のeSIM」といった使い分けをするために、ユーザー自身が設定画面を操作する必要がありました。これが、日本人のリテラシーを高める結果となったのです。

韓国:「仕事とプライベート」を分ける文化

お隣の韓国でも、eSIMは急速に普及しています。その背景には、2022年9月の「eSIM解禁」という劇的な政策転換がありました。 韓国のキャリアはeSIM導入にあたり、「1台のスマホで2つの番号を持てる(デュアルナンバー)」という点を猛アピールしました。

競争社会である韓国では、仕事とプライベートを明確に分けたいというニーズ(ワークライフバランス)が非常に強く、eSIMはその解決策として歓迎されました。「eSIM=プライバシーを守る便利な技術」としてマーケティングされたことで、一般層にも一気に言葉が浸透したのです。

欧米人は海外旅行でeSIMを使わない?「アプリで完結」するローミングの正体

T-Mobileトップページキャプチャ

(出典:T-Mobile

では、eSIMの認知度が低い欧米の人々は、EU圏外などへの海外旅行の際にどうしているのでしょうか? 「高いローミング料金を払っているの?」 「それともWi-Fiルーター?」

実は、彼らの多くはキャリアが提供するアプリの「海外パス」機能を使っています。例えばアメリカの大手キャリアでは、アプリ上で「1日10ドル」などのオプションを購入するだけで、海外でもいつものスマホがそのまま使えます。

アプリで「ポチッ」の裏側にある真実

ここで興味深いのが、その技術的な中身です。 ユーザーは「アプリで操作したのだから、現地の回線(eSIM)に切り替わったんだろう」と思っているかもしれません。しかし、主要キャリアが提供するサービスの多くは、実はeSIMプロファイルの切り替えを行っていません

これらは従来通りの「国際ローミング」です。 技術的には、スマホの中にあるSIM情報(IMSI)は自国のままで、現地のネットワークを借りて通信し、データは一度自国(アメリカなど)へ転送されてからインターネットに出ます(ホームルーティング方式)。

なぜキャリアはeSIMに切り替えないのでしょうか? 最大の理由は「いつもの電話番号を維持するため」です。 現地の安いeSIMプロファイルに完全に切り替えてしまうと、本来の電話番号での着信やSMS受信ができなくなってしまいます。ビジネスや緊急時の連絡を考えると、電話番号が変わらないローミングの方が安心感があるのです。 また、キャリアにとっても1日10ドルというローミング料金は大きな収益源であり、あえて安い現地eSIMへ誘導するメリットが薄いという事情もあります。

つまり、欧米のユーザーは「eSIMを使っているつもり」はなく、単に「いつものキャリアのオプションを使っている」だけ。だからこそ、eSIMという言葉が意識されないのです。

海外キャリアの旅行用eSIM戦略|Vodafoneが提供する「アプリで即開通」の世界

Vodafone Travel eSIMトップページキャプチャ

(出典:Vodafone Travel eSIM

とはいえ、欧米のキャリアも変化していないわけではありません。ローミングだけでなく、旅行者向けに特化したeSIMサービスを展開する動きも見られます。

Vodafoneの事例

世界的な通信大手であるVodafone(ボーダフォン)は、旅行者向けに「Vodafone Travel eSIM」のようなプラットフォームを提供しています。 これは、アプリをダウンロードしてプランを選び、eSIMをインストールすることで、世界中の多くの国でデータ通信が可能になるサービスです。

実際にVodafoneが公開している以下の動画では、バックパッカーがボルネオ島に行こうが、トスカーナでグルメを楽しもうが、アプリ一つでデータを追加できる利便性が紹介されています。

動画にあるように、「アプリを開く」「プランを選ぶ」「eSIMをインストールする」という3ステップだけで、現地のネットワークに接続できる手軽さをアピールしています。 ただ、Vodafoneのような大手キャリアの場合、自社の契約者向けには「ローミング(自分の番号をそのまま使う)」を提供しつつ、他社ユーザーやデータ専用用途にはこうした「トラベルeSIM」を提供するという、二段構えの戦略をとっていることが多いようです。

また、アメリカのT-Mobileなどは、特定のプラン(Go5G Plusなど)において、カナダ・メキシコでのデータ利用や、その他海外(215カ国以上)でのデータ通信(5GBまで高速など)を追加料金なしで標準付帯させています。 これならユーザーは「eSIMを買う」という意識すら持つ必要がなく、飛行機を降りてスマホの電源を入れるだけで繋がります。これが「究極のユーザー体験」と言えるかもしれません。

日本のキャリアも導入する?アプリ内で「現地eSIM」を購入できる未来

日本のキャリアも、現在は「世界データ定額」や「海外パケットし放題」といったローミングサービスが主流です。しかし、今後は欧米のように「アプリで簡単に、より安価な回線へ切り替える」ような体験が導入される可能性はあるのでしょうか。

現在、日本を訪れる外国人旅行者(インバウンド)の間では、空港でのWi-Fiレンタルから、事前にアプリで「Airalo(エラロ)」や「Ubigi(ユビジ)」、「WG JAPAN eSIM」といった旅行用eSIM(Travel eSIM)を購入するスタイルへの移行が劇的に進んでいます。 これらはキャリアのローミングよりも圧倒的に安価です。

日本のキャリアも、ahamo楽天モバイルなどが「海外ローミング無料(容量制限あり)」を打ち出していますが、今後はさらに一歩進んで、自社アプリ内で「提携先の現地eSIMプロファイル」をシームレスに購入・追加できる機能を実装するかもしれません。 そうすれば、ローミングの高額さを敬遠するユーザーを取り込みつつ、「いつものアプリで完結する」という安心感を提供できるからです。

次世代規格「SGP.32」と「iSIM」が変える海外旅行|「設定不要」でつながる時代へ

最後に、これからの海外旅行でのネット利用がどうなっていくのか、未来の技術トレンドを見てみましょう。キーワードは「SGP.32」「iSIM」です。

IoT技術が旅行を変える?「SGP.32」

少し専門的な話になりますが、現在「SGP.32」という新しいeSIMの標準規格が進められています。 もともとはIoT機器(スマートメーターや物流トラッカーなど)のために作られた規格ですが、これがスマホに応用されると、すごいことが起こります。

これまでは、eSIMの書き換えにはユーザーの操作が必要でした。しかし、この新技術が普及すれば、「空港に降り立った瞬間に、スマホが位置情報を検知し、自動的にその国で最適な(一番安くて速い)通信プランを提案・ダウンロードして切り替える」といったことが可能になるかもしれません。 まさに、欧米ユーザーが体験している「無意識の接続」と、アジアユーザーが求めている「安さと切り替え」が融合する世界です。

SIMカードが消える日「iSIM」

さらにその先には、iSIM(アイシム)が待っています。 eSIMはまだ「スマホの中にある専用のチップ」ですが、iSIMは「スマホの頭脳(プロセッサ)の中に通信機能を直接埋め込む」技術です。 こうなると、物理的なスペースはさらに空き、バッテリー持ちも良くなり、コストも下がります。SIMカードスロットは完全に過去の遺物となり、私たちは「どの会社のSIMが入っているか」など気にすることなく、電気や水道を使うようにネットワークを利用する時代が来るでしょう。

もはや「設定」すら不要になる未来へ

日本や韓国では「eSIM」という言葉が飛び交い、ユーザー自身が賢く回線を使い分けるリテラシーを持っています。一方で欧米は、技術を黒子に徹させ、ユーザーに意識させない戦略をとってきました。どちらが進んでいるかといえば、ユーザー体験のシンプルさでは欧米、選択の自由度とコスト意識ではアジアに分があると言えるでしょう。

しかし、技術の進化は止まりません。 今後の海外旅行では、事前のWi-Fiレンタル予約や、空港カウンターでの行列、そしてSIMカードを落とさないように震えながら差し替える作業は、完全に昔話になっていくはずです。 キャリアのアプリ、あるいはスマホのOS自体が、旅行者の移動に合わせて最適なネットワークを自動で手配してくれる。そんな「空気のようなインターネット接続」が実現する日は、もうすぐそこまで来ています。

次の海外旅行では、ぜひご自身のスマホがどのように現地の電波を掴んでいるのか、その裏側にある技術に少しだけ思いを馳せてみてください。きっと、世界がより身近に感じられるはずです。