近年、ゲーム業界において「ポリコレ(ポリティカル・コレクトネス)」を巡る議論が活発になっていますが、その中で特に注目を集めているのが、オーストラリアを拠点とする圧力団体「Collective Shout(コレクティブシャウト)」です。この団体は、ゲームコンテンツの規制に大きな影響を与え、ゲーマーコミュニティ内外で大きな波紋を呼んでいます。
ゲーム業界を揺るがす圧力団体「コレクティブシャウト」とは
Collective Shoutは、2008年または2009年に、プロライフフェミニストのメリンダ・タンカード・ライスト氏によって共同設立されました。彼らは、メディア、広告、ポップカルチャーにおける女性の客観視や少女の性的表現に反対する草の根キャンペーンを展開していると自らを説明しています。
これまでの活動には、以下のようなものがありました:
- ヒップホップアーティストのSnoop DoggやEminemのオーストラリアでの公演中止を求めるキャンペーン(失敗)
- Tyler the Creatorのオーストラリアツアー阻止キャンペーン(成功)
- 大手小売業者TargetとKmartに対し、ゲーム「Grand Theft Auto 5」の販売中止を求める圧力キャンペーン(成功)
- ゲーム「No Mercy」の販売中止を求める請願活動(成功)
- ゲーム「Detroit: Become Human」への反対キャンペーン(失敗)
Collective Shoutは自らを宗教団体や政治団体ではないと主張していますが、その活動の背景にはキリスト教系の保守的な思想があると見られており、米国の同様の団体とも協力関係にあることが明らかになっています。
決済会社への圧力と問題の勃発
Collective Shoutが特に注目を集めることになったのは、SteamやItch.ioといった大手ゲーム配信プラットフォームの大人向けコンテンツに対するキャンペーンです。Collective Shoutは、Steamに女性への性的暴力や虐待を正常化するゲームが含まれていると主張し、数ヶ月にわたりSteamに連絡を取りましたが、応答がなかったと述べています。彼らはSteamに3,463通のメールを送ったとも主張しています。
このため、Collective Shoutは戦略を変更し、PayPal、Mastercard、Visa、Discoverといった主要な決済処理業者に直接働きかけを行いました。このキャンペーンには、1,607人が電話やメールで参加したとCollective Shoutは明かしています。
決済会社がゲームプラットフォームに対し、特定のコンテンツの性質について懸念を伝えた結果、SteamとItch.ioでは大人向けゲームの大量削除やポリシー変更が行われました。Itch.ioは、決済インフラを保護するために緊急の措置として、当初Collective Shoutが問題視した内容だけでなく、全てのNSFW(Not-Safe-For-Work)コンテンツを検索結果から一時的に非表示にしました。
この広範なコンテンツ削除は、LGBTQ+テーマのゲームにも影響を与え、LGBTQ+コミュニティからも懸念の声が上がっています。Collective Shoutは、全てのNSFWコンテンツの削除は目的ではなかったとしつつも、決済処理業者が企業の社会的責任、使命、価値観に基づいてサービス提供の可否を決定する権利があると主張しています。PayPalは、違法な活動に対してはゼロトレランスポリシーを持ち、関連するアカウントを閉鎖するとコメントしていますが、何が「違法」か、その線引きの曖昧さが批判の対象になっています。
この状況に対し、オンラインゲーマーコミュニティからは決済会社への強い反発が起こり、Change.orgでは18万人以上の署名が集まる動きも見られました。TeslaやXのCEOであるイーロン・マスク氏も、この動きを批判する姿勢を示しています。
Steamで起きている問題
(出典:Steam)
Collective Shoutのキャンペーンと決済会社の圧力により、Steamを運営するValve社は開発者向けプラットフォームガイドラインを更新しました。この変更により、決済処理業者やカードネットワーク、銀行、インターネットプロバイダーが定める基準に違反する可能性のあるコンテンツの配信が制限されることになりました。
その結果、Steamから数百ものゲームが削除される事態が発生しています。Steamは、顧客への支払い方法の提供を維持するためには、これらのゲームの販売を終了せざるを得なかったと説明しています。この状況は、民間企業である決済会社が、ゲームコンテンツの表現の適否を間接的にコントロールしているという問題を引き起こしていると指摘されています。
この動きはゲーマーコミュニティから猛烈な反発を招きました。これまでゲーム業界内で対立していたような一部のメディアやインフルエンサーまでもが、Collective Shoutの活動とそれに伴う検閲を批判する側に回り、団結して反対運動を続けています。例えば、過去に「Grand Theft Auto 5」の販売中止を支持していたPolygonのようなメディアも、現在は決済会社による検閲への懸念を示しています。
現在の情報と広がる波紋
Collective Shoutは、キャンペーンに対するゲーマーからの批判やハラスメントを受けていると主張しており、これらの行為をeSafety commissionerや警察に報告する準備を進めています。また、彼らはX(旧Twitter)での大人向けコンテンツ規制も積極的に求めており、そのアカウントを非公開にするなどの動きも見られます。
ゲーム業界に広がる検閲の波は、オーストラリアやイギリスで政府レベルでの年齢認証導入の動きとも連携していると見られています。Collective Shoutは、長年にわたりオーストラリア政府に検索エンジンやソーシャルメディアへの年齢認証導入を求めるキャンペーンを行ってきました。これは子供を有害なコンテンツから守る目的とされていますが、顔認証やID書類のアップロード、クレジットカードによる確認といった厳格な方法が検討されており、プライバシー侵害や過剰なデータ収集のリスクが懸念されています。
さらに、日本のコンテンツもこの規制のターゲットになっているという情報もあります。特に日本のゲームやアニメの性的表現が「女性を軽視している」「犯罪を助長している」といった文脈で規制の対象となり得ると指摘されています。
これは、ゲーム開発における「ポリコレ」の影響と類似する点が多く、例えば、ゲームのストーリーやキャラクター設定に「多様性・公平性・包括性(DEI)」の考えを推奨するカナダのコンサルティング会社「Sweet Baby Inc.」の活動と並行して語られることもあります。Sweet Baby Inc.が関与したゲームが「過度なポリコレ化」により世界観が崩れると批判され、商業的な失敗に終わるケースもあると指摘される中、中国のアクションRPG「黒神話:悟空」はSweet Baby Inc.のコンサルティングを拒否したことで注目を集めました。
今後の展開と懸念される影響
Collective Shoutによる活動と、それに伴う決済会社を介したコンテンツ検閲の動きは、今後もゲーム業界に大きな影響を与え続けると見られています。懸念されるのは、この検閲がゲームコンテンツに留まらず、イラスト、漫画、映画、アニメ、同人誌といったあらゆる種類の創作物に波及する可能性です。
このような状況に対し、ゲーマーコミュニティや表現の自由を重視する人々は団結して反対運動を継続しています。決済会社の力がコンテンツの流通を妨げ、実質的に表現の自由を制限しているという批判が高まっています。一部からは、日本も独自の決済システムを構築し、外部からの不当な影響を排除すべきだという意見も出ています。
イーロン・マスク氏が「DEI kills art(ポリコレが芸術を殺す)」と発言したように、コンテンツの創造性と多様性が過度な規制によって損なわれることへの懸念は、今後も議論の中心となるでしょう。Collective Shoutのような圧力団体の活動が、検閲の波を拡大させ、表現の自由が狭められていくことへの懸念は拭えません。
創造性を守るための挑戦
Collective Shoutの活動は、特定の有害コンテンツ、特に性的暴力や虐待を助長すると彼らが考える表現に対する正当な懸念から出発しています。しかし、その手法が決済会社を巻き込む広範囲な検閲へと発展し、結果として意図しないコンテンツや表現の多様性までが影響を受けている現状があります。
企業やプラットフォームが、特定の団体からの圧力によって、コンテンツの多様性を一律に制限するような動きは、創造性や表現の自由を阻害する可能性があります。このような状況が続くことは、健全なエンターテイメント業界の発展にとって望ましいものではありません。
今後、Collective Shoutのような活動が、表現の自由とのバランスを考慮し、より建設的で、広範な合意に基づいた方法へと是正されていくことを強く期待します。創造性豊かな作品が、不当な検閲に怯えることなく、世界中の人々に届けられる未来が来ることを願ってやみません。