月に行かない本当の理由は「砂」?レゴリスの危険性とアルテミス計画での驚きの活用法
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「アポロ計画から50年以上、なぜ人類は再び月に行こうとしなかったのか?」
夜空に輝く月を見上げながら、そんな疑問を抱いたことはありませんか。 ネット上では、「月には宇宙人の基地があるから追い返された」「失われた技術(ロストテクノロジー)があり、現代では再現できない」といった都市伝説がまことしやかに囁かれています。 アポロ計画で使用されたサターンVロケットのF-1エンジンのような、職人技で作られた技術の再現が難しいという話も確かに存在します。
しかし、予算や政治的な背景、技術的な課題以上に、現場の宇宙飛行士たちを物理的に苦しめ、NASAの技術者たちを悩ませ続けた「真犯人」が月面に潜んでいることをご存知でしょうか。
その正体こそが、レゴリス(Regolith)です。
一見するとただの「月の砂」。しかしその実態は、私たちの想像を遥かに超える「凶器」であり、同時に未来を切り拓く「宝」でもありました。 今回は、月面開発の最大の障壁でありながら、今後の宇宙進出の鍵を握る物質「レゴリス」について、その危険性から最新の活用法まで詳しくお伝えします。
人類が50年以上も月に行かなかった「真の理由」はレゴリスにあった?

1969年、アポロ11号が人類初の月面着陸に成功し、世界中が熱狂しました。その後、1972年のアポロ17号まで計6回の着陸が行われましたが、それ以降、ぷっつりと有人月面着陸は途絶えています。
「スマホを作れる現代の技術があれば、月に行くなんて簡単なのでは?」と思いますよね。 しかし、実際には宇宙船のコンピューターが放射線に弱い現代の精密機器であるがゆえの課題や、当時の技術継承の問題など、様々な障壁があります。そして何より、月面での活動を困難にさせているのが、地表を覆うレゴリスという微粒子の存在です。
アポロ計画最後のミッション船長であるユージン・サーナンは、こう言い残しています。 「塵(ちり)は、おそらく月面での標準的な運用における最大の阻害要因の一つだ。他のあらゆる問題は克服できると思うが、塵だけは別だ」。
たかが砂、されど砂。この「砂」への対策なしには、人類は月で長期滞在することができず、これが半世紀もの間、月面基地建設を阻んできた大きな要因の一つなのです。
吸い込むとヤバい?「カミソリの砂」レゴリスが引き起こす月面花粉症と人体への危険性

レゴリス(Regolith)とは、天体の表面を覆う軟らかい堆積層の総称で、ギリシャ語の「毛布(rhegos)」と「岩(lithos)」を組み合わせた言葉です。
地球の砂と月の砂、一体何が違うのでしょうか? 最大の違いは、「風化」の過程にあります。
地球の砂は、風や水、波の作用によって長い年月をかけて削られ、角が取れて丸くなっています。 一方、月には水も空気もありません。隕石や微小隕石が衝突した衝撃で岩盤が砕かれ、その鋭い破片がそのまま降り積もっています。ミクロのレベルで見ると、隕石衝突の熱で溶けた岩石が再凝固し、複雑でギザギザに尖ったガラス質の「アグルチネート」と呼ばれる形状になっています。
そのため、レゴリスの正体は「微細なガラスの刃物」のようなものなのです。これが数々の深刻な問題を引き起こします。
1. 宇宙服や機械を切り裂く「ヤスリ」のような性質
レゴリスは非常に硬く尖っているため、宇宙服の繊維に入り込むと、まるでヤスリのように生地を摩耗させます。 アポロ計画では、数回の船外活動で宇宙服のブーツやグローブがボロボロになり、これ以上活動を続けると気密性が保てなくなる恐れがあるほどでした。
また、機械の継ぎ目や可動部に入り込めば、歯車を噛ませたり、アームの動きを悪くしたりします。もし居住施設のパッキン(密閉材)にレゴリスが挟まれば、そこから空気が漏れ出す大事故にも繋がりかねません。
2. 宇宙飛行士を襲う奇病「月面花粉症」
アポロ計画の宇宙飛行士たちは、月面歩行を終えて船内に戻り、ヘルメットを脱いだ瞬間に異変を感じました。 「火薬のような焦げ臭いにおい」が充満し、目がかゆくなり、くしゃみが止まらなくなったのです。
これはアポロ17号のハリソン・シュミット飛行士によって「月面花粉症(Lunar hay fever)」と名付けられました。 もちろん、月に植物の花粉はありません。船内に持ち込まれた微細なレゴリスが浮遊し、それを吸い込んだことで引き起こされたアレルギーのような反応です。シュミット飛行士は、鼻の奥が焼けるような痛みを感じ、声が枯れてしまったと報告しています。
もし微細なガラス片であるレゴリスを大量に肺に吸い込んでしまえば、地球のアスベスト被害や塵肺(じん肺)のように、呼吸器系に深刻なダメージを与える可能性があります。ある研究では、月面の土壌成分にさらされた細胞が高い割合で死滅したという報告もあり、人体への毒性は決して無視できない「見えない脅威」なのです。
静電気でへばりつく「黒い粉」を撃退せよ!NASAも注目する最新のレゴリス対策技術

レゴリスが厄介なのは、その鋭さだけではありません。「静電気」による付着力の強さが問題を深刻化させています。
月面は大気がないため、強力な太陽放射や宇宙線に直接さらされています。これにより、レゴリス自体が電気(電荷)を帯びています。 乾燥した冬場、下敷きをこすると髪の毛が逆立ってくっつくのと同じ原理で、帯電したレゴリスは宇宙服や太陽光パネル、カメラのレンズなど、あらゆるものに吸着します。 一度くっつくと、微細で尖った形状がフックのように絡みつき、ブラシで払った程度ではなかなか落ちません。
アポロ計画ではブラシで払うというアナログな方法がとられましたが、真空中で帯電した砂には効果が薄いことがわかりました。そこで現在、NASAのアルテミス計画や民間企業によって、最新の「対レゴリス技術」が開発されています。
電子カーテンで砂を弾き飛ばす「EDS」
ブラシがダメなら、電気の力を使えばいい。そこで開発されたのが、電気力学的ダストシールド(EDS: Electrodynamic Dust Shield)という技術です。
これは、透明な電極をフィルム状にして太陽光パネルやカメラのレンズに貼り付け、電気の波を発生させることで、表面についた砂を「弾き飛ばす」仕組みです。リニアモーターカーのような原理で、砂を移動させて除去します。 NASAの実験や、実際の宇宙空間での実証実験でも、この技術を使うことで付着したレゴリスの大半を除去できることが確認されています。まさにSF映画に出てくるシールドのような技術が、実用化されつつあるのです。
そもそも「くっつかない」素材を作る
ハスの葉が水を弾くように、レゴリスを寄せ付けない特殊なコーティング技術も研究されています。 また、「擬似レゴリス」で機械の表面をあらかじめコーティングしてしまえば、電気的な反発が起きず、静電気による付着を防げるという逆転の発想の研究も進められています。
さらに、機械の可動部に砂が入らないよう、継ぎ目のない「コンプライアント機構(弾性変形を利用したヒンジなど)」を採用することで、物理的に砂の侵入を防ぐ設計も検討されています。
「邪魔な砂」が宝の山に変わる?アルテミス計画で進む水・燃料・建築資材への活用法

ここまでレゴリスを「厄介者」として紹介してきましたが、実は見方を変えれば、レゴリスは人類にとってかけがえのない「資源」でもあります。
月まで物資を運ぶには莫大なコストがかかります。水1リットルを地球から運ぶだけで数百万円とも言われる世界です。 そこで注目されているのが、ISRU(現地資源利用)という考え方です。「現地にあるものは現地で調達しよう」というわけです。
月の砂から「水」と「ロケット燃料」を作る
日本のエンジニアリング企業である「日揮グローバル」などは、JAXAと協力して、レゴリスから水を作るプラントの研究を進めています。 一見乾燥しているように見える月ですが、極域のレゴリスには氷が含まれている可能性が高いとされています。また、レゴリス自体にも酸素が含まれています(酸化物として存在)。
レゴリスを加熱したり電気分解したりすることで「水」を取り出し、さらにその水を分解して「水素」と「酸素」を作ることができれば、それがそのままロケットの燃料になります。 もし月で燃料補給ができれば、月は火星やさらに遠くの宇宙へ向かうための「ガソリンスタンド」になるのです。
月の砂から金属を取り出し「家」を建てる
レゴリスの成分を詳しく見ると、酸素(約43%)、シリコン(約20%)、鉄(約12%)、アルミニウム(約7%)などで構成されています。これらはすべて有用な資源です。
溶融酸化物電解(Molten Oxide Electrolysis)という技術を使えば、レゴリスを高温で溶かし、電気分解することで、酸素ガスと同時に、鉄やシリコン、アルミニウムといった金属を取り出すことができます。 取り出した鉄やアルミニウムは建材や機械部品に、シリコンはソーラーパネルの材料になります。また、レゴリスをそのまま3Dプリンターの材料として使い、焼き固めて月面基地や道路を作る計画もあります。
地球からコンクリートや鉄骨を運ぶ必要はありません。足元にある「邪魔な砂」が、宇宙飛行士を放射線や隕石から守る頑丈なシェルターに変わるのです。
今夜、月を見上げて「未来の資源」に思いを馳せてみよう

50年以上の時を経て、人類は再び月を目指しています。 かつてアポロ計画の宇宙飛行士たちを悩ませ、都市伝説では「行ってはいけない理由」とまで噂されたレゴリス。 その正体は、触れれば傷つく危険な「カミソリの砂」でありながら、同時に水や空気、燃料、そして住処を生み出す「希望の源」でもありました。
「邪魔な砂」をどう攻略し、どう利用するか。 この技術的な挑戦こそが、私たちが月、そしてその先の宇宙で暮らす未来へのパスポートになるでしょう。
次に夜空に浮かぶ月を見上げたときは、その表面を覆う無数の砂粒が、人類の新たなフロンティアを支える土台になるかもしれないと想像してみてください。 冷たく静かな月の世界が、少しだけ身近に、そして熱く感じられるかもしれません。
みんなのらくらくマガジン 編集長 / 悟知(Satoshi)
SEOとAIの専門家。ガジェット/ゲーム/都市伝説好き。元バンドマン(作詞作曲)。SEO会社やEC運用の経験を活かし、「らくらく」をテーマに執筆。社内AI運用管理も担当。








